Dear Hero
なんとか息を整えると、先程本屋で買った雑誌を水嶋に渡す。
入れてあるのがビニールの袋で良かった。
きっとそんなには濡れていないと思う。

「残念だけど、研究はまた今度だな。水嶋先見てていいよ」
「…澤北くんは?」
「これからまたどこかに行くのは大変だろ?今日は帰るよ」
「この雨の中を!?駄目です!」

珍しく声を荒げたかと思うと、俺の腕を引っ張りエントランスの扉を開けて引きずり込む。

「風邪引きますよ!?せめて体拭いて傘持って行ってください!」

慣れた手つきでオートロックを解除し、エレベーターに乗り込み、あっという間に扉の前に着いてしまう。
片手で玄関の鍵を開けるとびしょ濡れのままの俺を押し込んだ。
意外と、強引…。

玄関で立ち尽くす俺を残して、どこかに消えると大きなタオルを持って戻ってくる。

「早く拭いてください。服、乾かしますからその間にシャワー使ってください」

自分だって濡れてるくせに。
人の心配より自分の心配しろよ。
だけど、雨と汗が混ざって気持ち悪かったので、正直ありがたかった。
渡されたタオルを頭からかぶると、ふわっと柔軟剤の香りが漂う。
この香り…


以前、俺が水嶋にカッターシャツを貸した次の日。
まるでクリーニングに出したかのように、ご丁寧に洗濯・アイロンまでかけてもらった状態で戻ってきたシャツ。
そのシャツを着た日に感じた香りと一緒だ。
いつも水嶋に近づくといい匂いがするのはこれだったんだ、って。
一日中、すぐ傍に彼女がいるような気がしてなんだかそわそわしてたっけ。


良かったらこれ着てください、と渡された服は男物のTシャツとジャージ。
最初はお父さんのかな、と思ったけれど親世代が着るにはちょっとおしゃれで若々しい感じ。
ふと洗面台を見ると、棚に並んでいるのは俺や哲ちゃんが使っているようなワックスやヘアスプレー。


『水嶋といえばさ、援交やってるってウワサあるよね』

『なんかスーツ姿の若い男と楽しそうにマンションに入ってく所を見たヤツがいるんだって』


頭をよぎる哲ちゃんとの会話。
この服って、もしかして…
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