Dear Hero
遡る事、数日前。
連日、様々なカフェ巡りで市場調査をしたり、発案したメニューを水嶋の家で試作してみたりと、アレコレしていた中で一度水嶋の手料理を食べる機会があった。
一人暮らしだとどんな飯食べてんの?みたいな会話が発端だったか。
では、お夜食食べていきますか?と作ってもらったんだっけ。

エプロンをして台所に立つ後ろ姿を見ながら、「なんか、新婚さんみたい」なんて事を考えてしまった自分に、バケツいっぱいの水を被せてやりたいくらいに恥ずかしい。
何考えてんだ、俺。


「冷蔵庫にあるもので作ったので、大したものはできませんでしたが」

食卓に並んだのは、オムライスにサラダとコンソメスープ。
チキンライスの上にのったふわふわの卵。
彩りよくキレイに飾られたサラダ。
どれも写真の中から出てきたような、完璧な見た目だった。

「すげーな。いつもこんなん作ってんの?」
「……少し見栄張りました…。いつもはもっと手抜きです」
「見栄かよ!すげーって感心したのに!なんで!」
「……澤北くんに食べてもらうから…」
「俺?」

ごにょごにょと口ごもる水嶋を尻目に、いただきますとオムライスを頬張る。
ケチャップライスの味が濃くも薄くもなく、ふわふわ卵といい感じに絡んで、美味い。
コンソメスープもたっぷりの野菜がとろとろに溶けてて、胃に染みわたる。

全体的に美味い。
美味いんだ。
美味いんだけど……


「…なんか、寂しい味」
「寂しい…?」

俺の様子をうかがっていた水嶋がきょとんとする。

「…あ、ごめん!美味いよ?フツーに美味い。美味いんだけど…なんか…」
「…?」
「教科書通りって言うか…優等生な味って言うか…なんつーか…」


家で食べても、どこかのお店で食べても、そんな風に思った事ないのに。
なぜだろう、すごく哀しい気持ちがするんだ。


「……もしかして、“家庭の味”ではないからでしょうか…」

スプーンにのったオムライスを見つめて、ぽつりと呟く。

「母から料理を教わる前にいなくなってしまったので、すべて本を見て覚えたんです。母が作ってくれていた頃の味は覚えているんですが、どうしても同じように作れなくて…」
「独学でこれなら十分すごいと思うけど…」
「それと、基本的にはいつも自分の為にしか作らないので、心もこもってないのかもしれませんね」



いつも、独り。

家庭の味。

自分の為。

母の味。




「なぁ……ウチ来る?」
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