Dear Hero
「どうぞ。テキトーに座って」

通された部屋は、ベッドと小さなデスクだけの簡素な部屋だった。
それでも白と黒でまとまっていて、いかにも大人の男の部屋って感じ。

「仕事が遅くなった時とか、彼女とケンカした時に時々ここに泊まるんだ」
「彼女…いるんすね」
「一応、俺も適齢期だからねー。今は、婚約者…だけど」
「結婚するんですか?」
「もうちょっとしたら…ね」

恥ずかしそうにはにかむ樹さんの笑った顔は、水嶋のそれとやっぱり似ている。


「澤北くんの話は、依からよく聞いてるよ」

デスク前のチェアーは、樹さんが腰をかけるとキィと鳴った。

「俺の話…なんてしてるんすか?水嶋」
「してるっつーか、最近あいつの話はそればっかだよ」

ニヒヒっと笑う樹さん。
表情の変化に乏しい水嶋と比べて、よく笑う人だ。


「あいつ、昔はよく喋るし、よく笑う奴だったんだけど、今は外ではそうでもないみたいでね。今まではあいつの話って、今日はスーパーで卵が安かったとかキャベツが高かったとか、面白い本見つけたとか、お前は主婦か!みたいな話ばっかだったんだよ」

少し前の水嶋を思い出してみると、よく喋ってよく笑う姿さえ違和感を感じる。

「それがね、今年の春頃から学校での事を話すようになってきてね。それまでは友達の事とか、学校での事なんてほとんど話さなかったのに」

確かに。あいつが友達とワイワイしてる所ってあんまり見た事ないかも。

「クラスメイトに手伝ってもらった。“人に頼っていいんだ”って言ってもらえた。大好きな猫のストラップをもらった。襲われている所を助けてもらった。…あ、その節は依を助けてくれて本当にありがとう。怪我もなく無事で…まだちゃんとお礼できていなかったね」
「あああ…いえ、あの、本当、偶然通りがかって、運よく居合わせて、たまたま……です」
「たまたまであんな入り組んだとこに行く?」
「………」


あぁ、きっと。この人には色々見透かされている気がする。
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