Dear Hero
***


「ああああああ!!」


家の中にこだまするのは俺の悲痛な叫び。

「俺の…俺のアイスがない…!!!」


食後のひと時。
結局、帰りも止む事のなかった大雨の中をわざわざコンビニに寄って買ってきた、今日新発売のアイス。
俺のお気に入りのフレーバーで、この時期しか出ない、1年待ち望んだ俺のアイス。
風呂上がりに食べようと思って買ったのに、冷凍庫にはその姿がない。

犯人を探すべく家の中を見渡すと、目に入ったのは俺の叫びなんてなかったかのように、しれっとテレビを見ながらアイスを頬張る妹・颯希(さつき)。

「おい颯希!それ俺のアイスじゃん!勝手に食ってんなよ!」
「だって名前書いてなかったもん」

ずかずかと言い寄ると、テレビに顔を向けたままこちらを見ようともせず言い放つ。
一足先に風呂から上がってほかほかしている颯希は、冷たいアイスを美味そうに食べていて、まさに俺の思い描いていた姿だ。


我が澤北家ではたとえ冷蔵庫の中でも、食べられたくないものは名前を書いておくのがルール。
姉弟間だけでなく、親までもが敵になるのだから恐ろしい。


……確かに、今日買ってきたばっかだし、今日すぐ食べるからって名前書いてなかったのは俺だけども…!

「……っお前…バカ!くそ!俺がどんな想いでそれ買ってきたか…」
「そんなに食べたいならもう1回買ってこればいいじゃん」
「おま…!この雨だぞ!なんで勝手に食われた俺が買いに行くんだよ!お前行ってこいよ!」
「……兄ちゃん、その雨の中に風呂上がりの女子中学生を一人で夜道に出す気?」
「うぐ…」


小さい頃は“にいちゃん、にいちゃん”ってどこにでもついてくる可愛い子だったのに。
それが今ではこんなに生意気になって…。


「そうよ、大ちゃん。こんな夜中に女の子一人で外に出すとかデリカシーなさすぎ」

反論できずにモゴモゴしていると、援護射撃をしてくるのは姉・美咲。
夜中って言ってもまだ21時過ぎくらいなんですけど。

「……本音は?」
「炭酸ジュース、買ってきて?」

満面の笑みで出たよ、お得意のお願い。
妹であんな調子なんだから、姉は外出る気なんてカケラもなく。
「兄ちゃんごちそうさま。これ超美味かった」なんて言われたらそりゃ俺だってより食べたくなるわけで。



「あ、大護。コンビニ行くの?それなら電球もお願いできる?階段の電気切れちゃったのよ」


母まで便乗しては俺に断る権利など微塵もない。
こんな感じで女性陣に振り回されるのが澤北家の日常。
昼間よりも勢力を増している雨の中を、観念してビニール傘を差してコンビニへと向かった。
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