Dear Hero
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俺の目の前で、一冊のノートに隠れるように小さくなっている女の子。
樹さんの話だけで水嶋のすべてを知ったとは思わないけれど、
でも今なら何に怯えているのかはわかったような気がする。


「怖くない」
「………」
「……怖くなんかねぇよ!」
「…………っ」

ノートを支える右手を引き寄せると、はらりとノートが落ち、不安げな表情が露わになる。
大きな声を出した事で、廊下にいた生徒たちの視線が突き刺さるけど、そんな事気にしていられるか。

「前髪で相手を隠してたから、よく見えないから怖いんだよ。よく見ろ。お前が思ってるより誰もお前の事なんか見てないぞ。俺なんて数ヶ月前までお前が学級委員してる事すら知らなかったんだからな。友達の孝介が隣にいるにもかかわらず!」
「そ…それは澤北くんが周りに興味ないだけじゃ…」
「確かにな!俺も大概だけど、だいたいみんなそんなもんだろ。…それともなんだ?髪切った私の事、みんなが注目しちゃうんじゃ…とでも思ってんの?」
「……!違っ……」
「じゃあ気にすんな。他の奴らはキャベツやジャガイモだと思ってろよ」
「……キャベツもジャガイモもいつもザクザク切ってるので怖くないですね」
「ぶはっ!頼もしーじゃん!………それに」
「?」
「こんなにも努力してきた奴を、誰も追い詰めたりなんかしねぇから」
「………」


掴んだままだった右手を離すと、屈んで床に落ちたノートを拾った。
埃をぱたぱたはらっていると、予鈴のチャイムが鳴り響く。

「あと………隣に俺、いるから」
「え……」
「お前、一人じゃないんだからな」
「…!……はいっ」

笑顔が、戻った。
やっぱり水嶋には、不安な顔とか寂しそうな顔より、笑った顔が一番似合うんだ。


「…あ、言っとくけど、俺、人前で何か話すとか仕切るとか苦手だからな。進行とかそこらへんはお前を頼りにしてますからね。ホント隣にいるだけですからね」
「………澤北くんって………」
「…なに?」
「いえ。澤北くんらしいなって。ありがとうございます」

ふふっと笑って教室に向かう水嶋。
なんで笑われたのかはよくわからないけど、気持ちが晴れたのなら良かった。


さぁ、夏休みの市場調査の成果を見せる時だ。
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