Dear Hero
ふと視聴覚室が目に入り、一緒に授業をサボったあの日の事を思い出す。
“人を頼る”事をしなかった彼女が、今では“人に任せる”までになった。
あの時の、小さく震える姿はもういない。


「今度ですね、プリクラ一緒に撮りに行こうとお誘いいただいたんです」
「へぇ…いいな、仲良くなったじゃん」
「昨日、ついに下の名前で呼んでいただいてしまったんです…!」
「まじか、俺も呼んでいい?」
「だっ…!だめです!澤北くんはだめ…っ」
「バーカ、冗談だよ」

ケタケタ笑う俺と、顔を真っ赤にして焦る水嶋。
…冗談とは言ったものの、頭の中で「依」と呼んではかき消した。
たとえ水嶋が“いいよ”と言ったとしても、俺が恥ずかしすぎて呼べないや。


隣でまるでスキップするように歩く彼女。

「なぁ水嶋」
「…?はい」
「今、楽しい?」
「!!……っはい!とても!」

食い気味で返事をすると、ハッとしたように口をごにょごにょする。
口に出す前に言葉を咀嚼する癖は、今も変わらない。

「澤北くんは…すごいです…」
「え?ごめん、聞こえな「やっぱり何でもありません!行きましょう!」

ぽつりとつぶやかれた言葉は、俺の耳には届かず消えていった。
でもまぁいいや。以前と比べて活き活きとした水嶋の笑顔を見るのは、俺も嬉しい。


―――――願わくば、笑顔がもっとたくさん見れますように。


「そうだ。今日もうち来るんだっけ?」
「あ、はい。お母さんにお声がけいただいたので…」
「じゃあ、今日は一緒に帰ろうか」
「……はい」



―――――そして、俺に向けられるその笑顔を、ずっと見ていられますように。
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