Dear Hero
マンションに着き、自転車を止めたところでぽつりと水嶋が口を開いた。

「びっくりしましたが、お母さんのお話、とても嬉しかったです」
「うん」
「私、澤北くんのおうちが大好きなんです。お父さんもお母さんも美咲さんも颯希ちゃんもみんな優しくて、温かくて。どうして私はこの家に生まれてこれなかったんだろうと思うくらいに」
「うん…」
「澤北くんのおうちにお邪魔するの、すごく楽しくて幸せな気持ちになるんですが、その分、帰ってきた時に寂しさが大きくなるんです」
「……」
「きっと、このお話をお受けしたら私は幸せになるんだと思います。でも、もしその幸せが終わってしまった時、私はもう一人に戻る事ができなくなるんじゃないかって……」
「だったら!ずっと俺ん家いたらいいよ、お前の家にしたらいい!一人にしないから!だから…そんな泣きそうな顔すんなよ…」

しんと静まり返るエントランスに突然響いた俺の声に、驚いて足を止める水嶋。
…ほら、また目が真っ赤になってる。
もう何度も見ている、泣きそうな時のサインだ。

「…大声出してごめん。でも、樹さんと相談したら水嶋が決めるんだからな」
「……はい」
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