Dear Hero
彼女の方を向き直した事で、ちょっとだけ縮まる距離。
ふわりとシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
いつも姉ちゃんが使ってるものと同じ香りなのに、なぜだか無性にドキドキする。


無造作に跳ねる濡れた髪。
制服のブラウスよりちょっとだけ広く緩く開いたパジャマの胸元。
火照った頬と唇…


なんだか

無防備すぎて……





「……っ!!」




俺は、気づいてしまった。
水嶋と一つ屋根の下で暮らすという事がどれだけ危険な事であるかを。




「……?」


動きの止まった俺を、顔を上げて不思議そうに見上げる水嶋と視線がぶつかった。



その視線から目が離せなくて、手にしていたタオルをそっと離すと、左手を水嶋の耳元に移動する。
触れるか触れないかくらいの接触に「…んっ」と声が漏れ、ピクリと水嶋の体が揺れた。



その小さな小さな声が、俺の中のスイッチを押してしまった。



水嶋の顔に触れた手に少しだけ力を入れて、上を向かせると小さく開く唇。
いつもより赤みを帯びた唇が蛍光灯の光を受けて艶めく。


心臓が早く鳴りすぎて、息ができない。



「さわ…きた…く……」


この掠れた声は、以前にも聞いた事がある。
あぁ、あの時も濡れたような唇に我慢ができなくなったんだったか。



いやダメだ、ダメだダメだダメだ。
止まれ、俺。


なんとか理性を保とうとする俺と、柔らかそうな唇に勝てない俺が戦っている。



無理だよ。

好意を寄せてる女の子のこんな無防備な姿を目の前に、健全な男子が我慢なんてできるわけない。



このまま欲望のままに動いたら、もう水嶋と一緒に暮らす事はできなくなるかな。



…そんなの、後から考えたらいいや。

今はただ、目の前にいる水嶋が欲しい。



近づく距離。
熱っぽい瞳がギュッと閉じられる。



小刻みに震える唇に触れ—————
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