秋の月は日々戯れに
本来なら嬉しいはずの辞令に、何をそこまで悩むことがあるのか――聞けばいいのだろうが、彼という男はそこで安易に悩み相談を請け負ったりしない。
他人と深く関わりあうのは面倒くさく、例え悩みを聞いたとして、自分にどうにかできるとも思えない。
だから、初めから聞かない。
今までは当たり前のようにそうしてきたけれど、今回は今までと少し事情が違う。
後輩の事情が、と言うよりも、彼の方の事情が――。
「朝一突然こんなとこまで連れてきて、くだらないこと聞かせてすいません先輩。じゃあオレ、始まる前にトイレ行きたいんでお先に失礼します」
ペコッと頭を下げて去って行く後輩、その背中に彼は声をかける。
「いい店があるんだ。良かったらそのうち、一緒にどうだ?そこなら、ゆっくり話ができる」
振り返った後輩の顔が、話を聞くうちにぱあっと華やいでいく。
「せ、先輩とサシでご飯に行けるなんて光栄っす!オレ、いつでも空いてます!!」
高らかな宣言は、他には誰もいない廊下にかなり大きく響き渡る。
その大声に苦笑しながら、予定を確認したら連絡する旨を伝えると、後輩は嬉しそうに何度も頷いて、スキップしそうな勢いで去っていった。
彼としても、これでまた仕事終わりに真っ直ぐ家に帰らなくていい口実ができて、嬉しい限り。