秋の月は日々戯れに
「次の金曜、後輩と飲みに行くので遅くなります。なので、夕飯はいりません」
腰を浮かせた中途半端な体制のまま彼女はしばらく固まって、それからテーブルに両手をついて身を乗り出すと、眉間にキュッと皺を寄せた顔を彼に近づけた。
「その後輩さんは、女性ですか?」
「……いえ、男ですけど」
勢いに気圧される形でおずおずと答えると、途端に彼女の眉間から皺が消えて、代わりに満面の笑顔が現れる。
「そうですか。後輩の話にしっかりと耳を傾けてあげるのもまた、先輩の努めですからね。でも、飲みすぎにはくれぐれも注意してください」
そう言って徐ろに立ち上がった彼女は、絆創膏や湿布、風邪薬や頭痛薬などを入れている引き出しを開けると、そこから取り出したものを持って彼の元へと戻り、テーブルの上にそっとそれを置いた。
“飲みすぎ食べすぎでお困りなら!すぐ効くよく効く胃腸薬”と書かれた小袋には、見覚えがある。
それは初めて上司に飲みに連れて行ってもらった新人の時、先輩に飲まされすぎて死にそうになっていたところで渡されたものだ。