秋の月は日々戯れに

個室は中が座敷になっていて、入口の段差で靴を脱いだ二人は、堀ごたつ式のテーブルを挟んで向かい合う。

やって来た店員にとりあえず日本酒と、料理はお勧めを何品かお願いすると、去り際に入口上部にしまい込まれていたのれんが下ろされて、そこは完全な個室となった。

入口がのれんで覆われると少し狭苦しく感じるが、人目を気にせず話をするにはちょうどいい。


「おしゃれなとこっすね。ここ、よく来るんすか?」

「いや……たまに、かな。一人だったら、もっと手軽なところで済ませる。立ち飲み屋とか」

「先輩、立ち飲み行くんすか!?」


後輩が心底驚いたような声を上げるのとほとんど同時にのれんが持ち上がって、徳利とお猪口が一つずつに、二人分のお通しが運ばれてくる。

とりあえず乾杯を済ませてお互いにお猪口に口をつけると、グイっと一息に中身を干した後輩が、待ちきれないとばかりに早速口を開いた。


「オレ、やっぱ異動したくないっす!」


まさかそんなに唐突に話が始まると思っていなかった彼は、一瞬何を言われているのか分からずぽかーんとして、数秒経って我に返る。
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