秋の月は日々戯れに
「別にオレ、出世とかしなくても生きていけるし。今の給料にも仕事にも、特に不満とかないし。先輩も上司もいい人ばっかだし、それに…………」
そこで一度口を閉じた後輩は、手酌でお猪口を満たすと、再びグイっと勢いよく煽る。
まだ何か言いたそうに、でも言い淀むように、何度もお猪口を満たしては水みたいな勢いで飲み干していく後輩を眺め、彼はとりあえずお通しのナスの煮浸しに箸を付ける。
揚げて出汁につけられたナスは、くたっとしていて柔らかく、よく味が染みていて大変美味しい。
それをつまみに日本酒を飲み、旨いな、最高だな、なんて思っていると、お任せでお願いしていた料理が運ばれてきた。
「今日は無礼講ってことで。お互い、自分で好きに取って好きに食べよう」
取り皿を掴んで早速取り分けようとしていた後輩をそんな風に制すると、ピタッと動きを止めた後輩は「それじゃあ、先輩お先にどうぞ!」と持っていた皿を差し出した。
「先輩って、仕事が出来るけどそれを鼻にかけてなくて、全然偉ぶってなくて、ほんと尊敬しかないっす!」
再び始まってしまった後輩の熱を帯びた話、それを彼は、あえて聞こえないフリでやり過ごす。