秋の月は日々戯れに

そんなことないと謙遜したらしたで話が長引きそうだし、そうだろうなんて肯定するのはそもそも彼のキャラじゃない。

だから手っ取り早く聞こえなかったフリで、自分の皿に黙々と料理を取り分ける。

家で毎日のように彼女の話を聞こえないフリでやり過ごしていたおかげで身に付いたスルースキルが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。


「もっと他に欲しい物があったら遠慮なく頼んでいいからな」


今にも再び喋りだそうとしていた後輩は、一瞬視線を落としてテーブルの上を眺めると「じゃあ、日本酒おかわりします!」と高らかに宣言した。

それから彼が置いた取り箸を掴んだ後輩は、あっちこっちに目移りしながら料理を皿に取り分けていく。

これでひとまず話が中断され、彼はホッと肩から力を抜いた。

褒められるのは悪い気はしないが、褒められすぎると最早恥ずかしい。

もう二度と後輩がその話を始めないように祈りながら、彼は取り分けた料理を口に運んだ。

お通しも含め、運ばれてくる料理をどれも美味しくて、しばらく二人は本題を忘れて料理を楽しむ。
< 146 / 399 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop