秋の月は日々戯れに
一心に後輩を押して引っ張って転がしている彼の姿を、彼女は不思議なものを見るようにしてしばらく見つめ、それからコテっと首を傾げる。
「もしかして、ご存知ないんですか?」
突然のそんなセリフに、何をだ?と彼が振り返ると、彼女はその青白い指で備え付けの収納を指差していた。
「ここに、もうひと組布団が入っていますよ」
彼は固まる。
すると収納を指差したままで彼女も固まる。
無言の時がしばらく流れて、ようやく彼は我に返った。
「そんなもの、買った覚えはありません」
「でも、現にここにあります。忘れているだけでは?」
そんなバカな、と収納を開けてみると、確かにそこには敷布団と掛け布団が入っていた。
「あっ……」
そして唐突に思い出す。
そう言えば、引っ越してきてまだ間もない頃、寝具の用意が整っていなかった彼に、大家さんが布団を提供してくれたことがあった。
いらなくなったら好きに処分していいと言われてはいたが、捨てるには忍びなく、かと言ってベッドと一緒に新しい布団を買ってしまったので使う機会もなく、しまいこんだままに今日まですっかりと忘れていた。