秋の月は日々戯れに
もとより、これで素直に社内に戻るくらいなら、最初からついてこないだろうことは彼も充分分かっていた。
だから、それ以上執拗に室内に戻れと勧めることもなく、ただ「でも無理はするなよ」と念を押して、弁当箱の蓋を開けた。
夜中のひと騒動のあとに説明を終え、彼と後輩が二度寝タイムに突入していた間に作ったらしい弁当は、以前に比べて格段に彩が増している。
最初の頃から変わらず入っている玉子焼きに加え、焼いたウィンナーにほうれん草の胡麻和え、冷凍食品のコロッケと、隙間を埋めるプチトマト。
「美味しそうっすね!流石、先輩の奥さん」
隣から弁当を覗き込んでくる後輩に「ああ、いや……まあ」などと彼の返事は曖昧。
流石などと褒められても、ウィンナーは焼いただけだし、コロッケは冷凍食品、プチトマトは洗って詰めるだけで、胡麻和えに至っては彼が作ったものだ。
唯一彼女が作ったものは、いつも必ず入っている玉子焼き。
不格好さは相変わらずで、味はきっと、不味くはないが特別美味しくもない微妙な仕上がりなのだろう。