秋の月は日々戯れに
エレベーターに向かうその道中、進行方向から小走り気味にやって来たのは受付嬢で、彼の顔を見るなり、あっと小さく口を開いた。
「お弁当、受け取られました?」
「あっ……うん、まあ……」
にこにこ笑って「良かったです」と続ける受付嬢に、同僚からの訂正が届いているかどうか気になってモヤモヤする。
でも今はそれを聞いている時間も、こちらから訂正している時間もないので、モヤモヤしたまますれ違う。
すれ違いざまに軽く会釈したら、向こうも頭を下げながらにっこり笑った。
流石、会社の顔とも言うべき受付嬢、笑顔が眩しすぎる。
男性社員の密かなる癒しと言われているその笑顔から視線を逸らして、進行方向に向き直ると、また少し歩調を速める。
その背中に、明るい声がかけられた。
「奥様、とっても素敵な方ですね!」
どうやら同僚に頼んでおいた訂正は、まだ届いていなかったらしい。
もうこれは時間がなくとも今言うべきではと振り返るも、受付嬢は眩しい笑顔を残して去って行く。
追いかけるには時間が足りず、ここで大声を上げるには勇気が足りない。
ガクッと項垂れて向き直った先、まるでそんな彼を迎えるように、降りてきたエレベーターがタイミングよくその扉を開けた。
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