秋の月は日々戯れに


“ちょっと下まで、迎えに来てください”――と。


「お出かけですか?」

「お出かけってほどでもありません。ちょっと下まで行ってくるだけです」


ため息混じりの彼に、彼女は不思議そうに首を傾げて「ちょっと下まで、ですか」と繰り返す。

玄関口で靴を履きながら、彼は後ろを振り返る。

布巾とおたまを手に、部屋の方からひょっこりと顔を覗かせる彼女に向かって


「多分、また大荷物を運んできます。できたら、テーブルを寄せておいてください」


なんだかよく分からないままに、それでも彼女は頷いてみせる。

了承の頷きを確認したところで、彼は大きなため息をつきながらドアを開けた。

ひんやりとした冷たい空気に、思わずブルっと体が震える。

駆け足で階段を下りてみると、一階の集合ポストの前に、後輩の姿はあった。

酔っ払った上に涙でぐしゃぐしゃの顔をして、まるで捨てられた犬みたいに集合ポストの下に座っている。

呆れて盛大にため息をつくと、それに気がついた後輩が顔を上げた。

途端に、目に涙が盛り上がる。


「せんぱぁあい!!」


いつからそこに座っていたのか、彼に飛びついてきた後輩の体は、ビックリするほど冷たかった。

< 200 / 399 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop