秋の月は日々戯れに
“ちょっと下まで、迎えに来てください”――と。
「お出かけですか?」
「お出かけってほどでもありません。ちょっと下まで行ってくるだけです」
ため息混じりの彼に、彼女は不思議そうに首を傾げて「ちょっと下まで、ですか」と繰り返す。
玄関口で靴を履きながら、彼は後ろを振り返る。
布巾とおたまを手に、部屋の方からひょっこりと顔を覗かせる彼女に向かって
「多分、また大荷物を運んできます。できたら、テーブルを寄せておいてください」
なんだかよく分からないままに、それでも彼女は頷いてみせる。
了承の頷きを確認したところで、彼は大きなため息をつきながらドアを開けた。
ひんやりとした冷たい空気に、思わずブルっと体が震える。
駆け足で階段を下りてみると、一階の集合ポストの前に、後輩の姿はあった。
酔っ払った上に涙でぐしゃぐしゃの顔をして、まるで捨てられた犬みたいに集合ポストの下に座っている。
呆れて盛大にため息をつくと、それに気がついた後輩が顔を上げた。
途端に、目に涙が盛り上がる。
「せんぱぁあい!!」
いつからそこに座っていたのか、彼に飛びついてきた後輩の体は、ビックリするほど冷たかった。