秋の月は日々戯れに
「初めはちゃんと、覚えていたんです。幽霊になってすぐの頃ですね。でも、日を追うごとに段々と忘れていきました。幽霊になってからの記憶が増えるごとに、生きていた頃の記憶が、まるで上書きされるみたいに消えていくんです」
まるで、面白い話を披露しているような明るい声音で、彼女は語り続ける。
この話に、意味なんてない。
聞いたあと、彼にどうして欲しいということもない。
ただ、言いたくなった。聞いて欲しくなった。
強いて意味があったとすれば、それだけのこと――。
「あなたと出会った時にはもう、自分の名前も覚えていませんでした。だから、つけたんです。あの時」
そう言って彼女は“あの時”を思い出すように遠くを見つめる。
“あの時”――彼女は、暗い夜の公園でブランコに腰掛け、空を見上げていた。
口元に柔らかい笑みを浮かべるその姿は、とても幸せそうだったことを、彼は覚えている。
――「秋の月と書いて、秋月です」
雲の切れ間から顔を出したあの日の月は、まだ満月には届かない、微妙にかけた歪な形をしていた。