秋の月は日々戯れに
「愛美、美味しいイタリアンのお店見つけたんだけど、今度一緒にどう?」
「いいですね、イタリアン!ぜひ連れて行ってください」
そんな会話を交わしていた受付嬢は、近づいてくる彼に気がついてニコッと笑みを浮かべる。
そして、いつもの挨拶を口にしようとして、突然ハッと目を見開いた。
その瞬間、彼の脇を何かが素早く駆け抜けていく。
「さやかさん!!」
受付嬢の呼び声にも足を止めることなく、同僚は鞄を胸の前で抱えた前傾姿勢で受付の前を足早に通り過ぎる。
「待ってください、さやかさん!」
ついさっきまでにこにこと穏やかに笑っていたのが嘘のように、受付嬢は目の色を変えて持ち場を飛び出し、逃げる同僚を追いかけていく。
チラッと後ろを振り返って、追いかけてくる受付嬢の姿を捉えた同僚は、ギョッとしたように走るスピードを上げた。
何事かと振り返る社員達の間を縫うようにして走り去っていく二人の姿は、あっという間に彼の視界から消える。
それでも時折「さやかさーん!!待ってくださいってばー!」という受付嬢の声だけは聞こえてきていた。