秋の月は日々戯れに


「カレーってのは初心者でも絶対に失敗しない料理だって聞いた事ありましたけど、あれは嘘ですね」

「失礼な、失敗なんてしていません。現に今、お二人は大変美味しそうに召し上がっています」

「良かったですね、二人が駅前のカレー屋の味が好きで。あそこ、好き嫌いが分かれるんですよ」


ムスっと膨れてなおも何か言い募る彼女を無視して、彼は一口お茶を飲んでから、またカレーに手をつける。

同僚と受付嬢は、未だ駅前のカレー屋の話に花を咲かせていた。


「……あなたは、どうなんですか?」


「はい?」と首を捻ったら、彼女は「駅前のカレー、お好きなんですか?」と問いを重ねる。

しばらくなんと答えようか迷った末に


「さあ、どうだったでしょうね。しばらく行ってないので、もう忘れました」


そう答えたら、彼女は納得いかなそうに唇を尖らせた。

妻として、旦那様の好みを是非知っておきたかったのに――などと考えているのだろう。

近頃の彼は、表情を見ただけで、彼女の考えがなんとなく想像できるようになってしまっていた。

とても不本意なことだが、彼女は分かりやす過ぎるので、しょうがないとも言える。

不本意だ、とても不本意だ――と胸の内で呟きながら、彼は黙々とカレーを口に運んだ。



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