秋の月は日々戯れに
――どこに行くんですか
問いかける声、それを無視する彼を、めげずに追いかけてくる彼女。
勢いよく背中に飛びつかれて踏ん張りが効かず、前にのめった体を支えるため、ドアについた両手。
視線を下に向けると、腰に抱きつく仏頂面。
玄関にぼうっと立ち尽くし、在りし日の光景に思いを馳せる。
あの時の、背筋を這い上がってくるような寒気がひどく懐かしい。
そんな風に、彼女と過ごした日々を思い出してしまうことが、なんだか可笑しかった。
あんなにも、煩わしかったはずなのに――。
何もない空をしばらく見つめて、ようやく彼は背を向ける。
彼女がいなくなってから、全く仕事に集中できなくなってしまった理由も、食事や睡眠さえ満足に取れなくなった理由も、みんな分かっている。
あとは、認めてしまうだけ。
でもそれが、中々どうして難しい。
鍵を閉めたドアを背にして、彼は空に向かって白く濁った息を吐き出す。
久しぶりに青空が伺えるいいお天気ではあるけれど、吹き付ける風は肌を刺すように冷たい。
それでも日が当たるところは温かくて、日光に反射して積もった雪がキラキラと輝いていた。
太陽の光に照らされた白は、ずっと見ているには眩しすぎて、そっと視線を外して歩き出す。
気分次第で突然腕に絡まってくる冷たいものがないと、随分と歩きやすかった。
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