秋の月は日々戯れに
「だってほら、肉じゃがを作れるようになれば結婚できる!的なジンクスがあるじゃないっすか。だから、さやかちゃんとの幸せな未来が訪れるように、願掛けの意味を込めて肉じゃがをマスターしてやろうかと思って」
思わず出そうになったため息を、彼はすんでのところで飲み込む。
それはジンクスではなくて、肉じゃがという基本的な家庭料理が作れるようになれば、女の子はお嫁にいけるという先人の教えであると言ってやるべきかどうか、悩んだ末にひとまず黙っておくことを選択する。
理由はどうあれ、インスタントラーメンしか作らなかった後輩が、ちゃんとした自炊に目覚めるのはいいことだ。
「この間の休みにテレビ見てたら、今時は料理上手な男がモテるって言ってたんで。不特定多数の女の子に好かれたいわけじゃないっすけど、さやかちゃんが惚れ直してくれたらいいなって」
そう言って後輩は、ニカッと笑った。
距離を置き始めて最初の頃、同僚の話をするたびに寂しげに笑っていたのがまるで嘘のよう。
そんな笑顔に、彼は安心した。
どうやら後輩は後輩なりに、ちゃんと前に進めているらしい。
「味見くらいなら別にいいけど、そもそもなんで俺なんだよ。同期の奴らとか、友達にでも頼んだほうが良かったんじゃないか?」