秋の月は日々戯れに
そうは言っても、右を見ても左を見ても、高級住宅と呼ぶにふさわしいような立派な家ばかりで、この先に築うん十年のボロアパートが建っているとはとても思えない。
「ちなみにお前、一人暮らしだよな?何階建ての何階に住んでるんだ?」
「え?ああ、そうっすね。就職するとき家出たんで、一人っす。オレが住んでるのは六階っすけど、確か十一階建てだったような……」
高層ではないが、マンションには住んでいるらしい。
これ以上はもう、聞くのも怖ければ実際に見るのはもっと怖い。
自分より後輩の方が明らかに、いいところに住んでいるのは確かだ。
周りに外灯はほとんどなく、徒歩圏内にコンビニがあるのが唯一の救いであるような二階建てアパートと、高級住宅街の中にある十一階建てマンションなんて比べるべくもない。
いやむしろ、比べたくもない。
「……なんか、急に帰りたくなってきた」
「えっ!?なんでっすか!具合でも悪くなったんすか!?」
彼の中に僅かなりとも存在していた先輩としてのプライドが、悲鳴をあげている。
そう言う意味では、具合が悪いと言えなくもない。
「オレの家、もうすぐそこなんで、とりあえずそこまで行きましょう!あっ、オレ背負いましょうか?」
「いや、いい!歩ける。大丈夫だ」
背中を差し出そうとする後輩を全力で断って、彼は歩き続ける。