秋の月は日々戯れに
「あっ、先輩!」
後輩を置いてきぼりにズンズン、ズンズン。
周りを見れば、右にも左にも立派な門扉とやたらおしゃれな表札、それに綺麗に手入れされた庭があるので、それらを視界に映さないようにただ前だけを見て。
「せんぱーい!ちょっと待ってくださいよ」
後ろから聞こえてくる後輩の声にも足を止めることなく、ただひたすら前に向かって進んでいく。
そしてふと思った、“もうすぐそこ”とは、どれくらいすぐそこなのか――。
彼が僅かに歩調を緩めると、その隙に後輩が「先輩、歩くの速いっすよ……」と追いついてくる。
「どこまで行っちゃうのかと思ったっす。家、ここなんで」
後輩が指差した先を視線で追いかけて、彼はそのまましばらく固まった。
視界に映った十一階建てマンションは、彼が思っていたものよりもっとずっと立派で、やっぱり自分のアパートとは比べるべくもなくて
「……ちょっとこっち」
マンションを眺めたまま後輩を手招いた彼は、不思議そうな顔で近寄ってきた後輩の脳天に、本日三度目になる手刀をお見舞いした。
「いった!えっ、なんで!?」
理不尽であることは大いに分かっている。
分かっているけれど、どうしてもやらずにはいられなかった。
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