秋の月は日々戯れに
「おはようございます。ちょっとお聞きしたいのですけれど、おでんはお好きですか?」
またも聞こえてきたそのセリフに、彼は思わず振り返る。
受付の前で足を止めていたのは、甘党でお馴染みの先輩だった。
「おでん?嫌いな奴なんているのか?」
「おでんが嫌いな人類がこの世界にいないとしたら、それはとても素敵なことですけれど、私は万人に好かれる食べ物なんてこの世界に存在しないと思っている派です」
「まあ、確かに。……ミルクティー味のチョコ、いるか?」
「いただきます」
差し出された受付嬢の手に、先輩が鞄から掴みだしたチョコレートをこんもりとのせる。
その光景をぼんやり眺めていると、いつの間にか到着していたらしいエレベーターから「乗らないの?」と声が聞こえた。
「あっ、いえ!乗ります」
視線を戻した彼は、慌ててエレベーターに乗り込む。
目的の階に着き、吐き出されるようにしてエレベーターを降りると、丁度階段を上ってきた同僚とかちあった。
「おはよう」
彼の挨拶に挨拶を返すより先に、同僚はエレベーターと彼とを交互に眺めて、これ見よがしに呆れたようなため息をついた。