秋の月は日々戯れに
チラッと後ろを振り返っての問いかけに、彼はそっと視線を逸らす。
同僚は、盛大に呆れたようなため息をついた。
「さっさとあっきーと仲直りして、ご飯作ってもらえこのバカ」
「別に、喧嘩してるわけじゃ……いっ!?」
バシっと顔面に何かがぶつかって、彼は思わず足を止める。
顔に当たって落ちてきたものを咄嗟に掴んで見ると、それは透明な袋に入ったパンだった。
「特別に、あんたにあげる。あたしが好きなパン屋の新作“焦がしキャラメルクリームパン”」
「急に投げるなよ!」
彼の喚きを無視した同僚は、じゃあねとばかりに片手をヒラっと振った。
遠くなる同僚の背中から手元のパンに、彼は視線を落とす。
「ああ、そのパンね、合わせるならブラックのコーヒーよりも、ミルクが入ってるタイプのコーヒーの方が合うよ。カフェオレとか、なんならコーヒー牛乳でも」
聞こえてきた声に顔を上げるも、目が合う隙もなく、同僚は前に向き直って行ってしまう。
もう一度同僚の背中から手元のパンに視線を落とした彼は、ついでに腕時計で時間を確認し、ハッとして止めていた足を早足気味に動かす。
せっかくのパンだが、朝食として食べるには、もう時間が足りなかった。
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