秋の月は日々戯れに
「さやかちゃん、煙草の匂いとか嫌いっすかね?オレ、吸い始めたと思われたらどうしよう……!もしも、煙草吸う人は嫌いだから別れようって言われたら、オレは一生あの人を許しません」
不安げになったり、大仰に嘆いたり、かと思ったら怒りを込めて上司を睨みつけたりと、後輩の表情はコロコロと忙しなく変わる。
我慢ならない理由は、同僚に嫌われたらどうしようというところにあるらしい。
ひとまず彼は、あまり大声で上司を“あの人”呼ばわりするのはよくないとだけ伝えた。
「やたら煙草ばっかり吸うとこ以外は凄く尊敬できる人なのに……。ほんともういい加減禁煙すればいいのに……!」
吸わない側は何とでも言えるが、吸っている側にしてみたら、禁煙とはそんなに簡単なことでもないだろう。
特に、上司のようなヘビースモーカーであったなら尚更に。
「気持ちが収まらないのは分かるが、ひとまずその辺にして、昼飯にしたらどうだ。休憩時間なくなるぞ」
このまま気の済むまで嘆かせて置くわけにもいかないので、彼は程よいところで声をかける。
後輩は、思い出したように壁にかかった時計を振り返った。
「ありがとうございます先輩。危うく忘れるところでした」