秋の月は日々戯れに


「先輩さーん!」


元気な呼び声に足を止めて振り返ると、受付嬢が手を振りながら駆けてくるのが見えた。


「そろそろお帰りですか?」

「ああ、まあ」


ならちょうど良かったと笑って、受付嬢は持っていた袋をズイっと彼の方に突き出す。


「これ、よかったらどうぞ!」


勢いに押される形で受け取った袋を開けてみると、中には“駅前カレーついにレトルト始めました!”と書かれた箱が入っていた。

これは?と聞く間もなく、顔を上げた彼に受付嬢が続ける。


「書いてある通りなんですけど、駅前のカレー屋さん、最近レトルトの販売を始めたんです!私、そこの店長さんと知り合いで、この間食べに行った時に二箱程頂いてしまったんですよ。ですから、いつもお世話になっている先輩さんに、一箱おすそ分けをと思いまして」


とびっきりの笑顔だった。

正しく、男性社員の密かなる癒しと呼ばれるにふさわしいような。


「いつもお世話してる覚えはないけどな」


そう言って苦笑すると、受付嬢は「そんなことありませんよ!」と意気込む。
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