秋の月は日々戯れに
彼と彼女の話5
「飲み物行ってない人はー?」
「このレモンサワー誰のだー」
「そこの唐揚げちょっと寄せてもらえますか。今サラダが来るので」
「取り皿!ごめん取り皿ちょうだい」
わいわいがやがやと騒がしい店内。
「オレ、寂しいっすよぉおおー!!」
その騒がしさに拍車をかける後輩の泣き声と
「うわっ!こっち来るな鼻水が!!誰かティッシュ!」
後輩に絡まれた者の悲痛な叫び。
後輩の前途を祝す会を催すに当たって、店主の好意で本日は店内貸し切りとなっている。
その為、誰に遠慮する必要もなく後輩は泣き、その他の社員達は騒がしく楽しんでいた。
それを入口に一番近い座敷の席からぼんやりと眺めて、彼はちびちびとビールを傾ける。
「……なんでこの席、あんたしかいないの?」
「知らん。皆乾杯が済んですぐにどっか消えた」
そこに同僚がやってきて、訝しげな顔で彼の向かい側に腰を下ろす。
手には、くし型に切ったオレンジが刺さったグラスを持っていた。
「それ、なんのジュース?」
「残念でした。カシオレです」
ジュースみたいなもんじゃないかと思ったが言わずに置いて、彼はまた自分のビールをちびちびと飲む。