秋の月は日々戯れに
「なっ、なに急に!?はあ?えっ、ちょっと!重っ……」
最後は今にも押しつぶされそうな声音だったが、タクシーは間違いなくこちらを目指してスピードを落としていたので、彼は構わず歩き出す。
後ろから何やら同僚の恨み言が聞こえてきたが、それも無視して歩く。
足早に進んで道路を渡り、白い影が消えていった気がした路地へと足を踏み入れる。
大通りから外れると、外灯の数が減ったせいか、一気に辺りが暗くなった。
白い影は、どこにも見えない。
やはり見間違いだったのかと思いながらも、とりあえず進んでみる。
体を包む空気が、刺すように冷たかった。
店内には暖房が入っていて、その上熱気にも包まれていたから、余計に外の寒さが身にしみる。
白い息を吐きながら、彼は他に誰もいない道を歩いていく。
足を踏み入れたのは知らない道だから、どこかで引き返さなければと思っているのに、もう少し、あと少しだけと前に進む。
どこかで、またあの白い影が出てくるのではないかと、期待している自分がいた。
それから、路地の方に消えていった白い影は、彼女で間違いないと思い込んでいる自分も。
戻らなければと思いながら前に進んで、見間違いだと分かっていながらも探してしまう。