秋の月は日々戯れに


「なっ、なに急に!?はあ?えっ、ちょっと!重っ……」


最後は今にも押しつぶされそうな声音だったが、タクシーは間違いなくこちらを目指してスピードを落としていたので、彼は構わず歩き出す。

後ろから何やら同僚の恨み言が聞こえてきたが、それも無視して歩く。

足早に進んで道路を渡り、白い影が消えていった気がした路地へと足を踏み入れる。

大通りから外れると、外灯の数が減ったせいか、一気に辺りが暗くなった。

白い影は、どこにも見えない。

やはり見間違いだったのかと思いながらも、とりあえず進んでみる。

体を包む空気が、刺すように冷たかった。

店内には暖房が入っていて、その上熱気にも包まれていたから、余計に外の寒さが身にしみる。

白い息を吐きながら、彼は他に誰もいない道を歩いていく。

足を踏み入れたのは知らない道だから、どこかで引き返さなければと思っているのに、もう少し、あと少しだけと前に進む。

どこかで、またあの白い影が出てくるのではないかと、期待している自分がいた。

それから、路地の方に消えていった白い影は、彼女で間違いないと思い込んでいる自分も。

戻らなければと思いながら前に進んで、見間違いだと分かっていながらも探してしまう。
< 390 / 399 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop