秋の月は日々戯れに
「でも、それがわたしにとって普通かどうかは分かりませんが、あなたにとってどうなのかはちゃんと分かりますよ」
至近距離で目が合って、彼女は柔らかく微笑む。
「長生きしてくださいね。それで、絶対幸せになってください」
幽霊に長寿と幸せを祈られるのは不思議な気分だが、それよりなにより、その言い方が気になった。
けれど、それに対して彼が問いただすより先に
「もう一度、名前を呼んでもらえますか?できれば、とびっきり愛おしそうにお願いします」
彼女は、そんなことを笑顔でリクエストしてくる。
改めて名前を呼ぶとなるとなんだか気恥ずかしいが、彼女はもうワクワク顔で呼ばれるのを待っている。
仕方がないので彼は腹を括って、小さく深呼吸してから
「秋月」
彼女の名前を呼んだ。
自分なりに、精一杯の愛おしさを込めて。
“ありがとうございます”の言葉は嬉しすぎて声にならなかったが、その代わりのように、彼女は腕を回してギュッと彼を抱きしめる。
それは、冬真っ只中のある日、春はまだ遠く、寒々しい風が吹く夜のこと――
「来世ではきっと、本物の夫婦になりましょうね。大好きですよ、透(とおる)さん!」
彼女は、幸せそうに笑っていった。