秋の月は日々戯れに
ムスっと不機嫌に頬を膨らませた彼女は、彼が靴を履き終えるのを待ってから、上体を起こしたその背中に勢いよく飛びついた。
「うおっ!!?」
突然のことに踏ん張りが効かず、危うく玄関のドアに顔面を打ち付けそうになって、慌てて両手をドアにつく。
「何するんですか!急に危ないでしょ」
振り返って怒鳴りつけたらそこに彼女はいなくて、代わりに少し目線を落としてみたら、腰に抱きつく仏頂面が見えた。
「どこに行くんですかって三回も聞いたのに、無視するのがいけないんです!知らないんですか?仏の顔も三度までなんですよ。仏様だって、流石に三回も無視されたらブチギレるんです」
もしも本当に仏なら、そこはブチギレていきなりタックルをかましてくるのではなく、優しく諭すところから始まるのではないかと思ったが、彼女に言ったってしょうがない。
何しろ彼女は仏ではなく、ただの幽霊なのだから。
彼にしてみたらそれ以上に、腰に抱きつかれているおかげで背筋を這い上がって来るような寒気に襲われて、そっちのほうが堪らない。
離せと言って離す相手でないことは分かりきっているが、一応先ほどの素直さがまだ残っていることを期待して「離してください」と言ってみる。