秋の月は日々戯れに
それも、別に安くもなんともない、どちらかといえばお高い部類に入るステーキ肉の前。
振り返った彼女が口を開く前に「買いません!」と言い放ったら、同じように牛肉を眺めていたおじさんがビクッと肩を揺らして顔を上げた。
「あっ、えっと……すみません。つい、独り言に力が入っちゃって」
はははっと渇いた笑いで何とか誤魔化しながら、おかしなものを見るようなおじさんの視線をやり過ごしていると、いつの間にか彼女は素知らぬ顔で牛肉コーナーから離れている。
おのれ、あの幽霊め――と怒りを込めてズンズンあとを追いかけると、よほど恐ろしい顔をしていたのか、すれ違った幼稚園児が泣きそうな顔で母親にしがみついた。
「気をつけたほうがいいですよ。ここでのわたしは、あなたにしか見えていないと思った方が賢明です。でないと、怪しい奴だと思われて、警察を呼ばれてしまいますよ」
ありがたい助言だが、そうと分かっているなら、そもそも不用意に話しかけないでもらいたい。
「それから、顔が怖すぎです。すれ違う子供達が皆泣きそうになっているじゃないですか。なんだかまるで、なまはげみたいですよ」