秋の月は日々戯れに
「いいんですか?だって、これから夕飯の準備とか……」
「ああ、そうですね!時間もちょうどいいので、夕飯もご一緒しましょう。丁度今日は、お刺身を買ったところだったんです」
微妙に会話が噛み合っていないような気もするが、彼女は自分の提案に満足げに頷いていて、ずれた会話のことなんて最初から気にしていない。
「何がお好きですか?あっ、嫌いなものとか、アレルギーなどはありますか?」
「あっ、いえ……えっと、強いて言うなら、人参がちょっと……」
「なるほど。じゃあ、人参のグラッセはやめておきますね」
得意げに言い放った彼女に、同僚はキョトンとしたあとでひとまず「どうも」とお礼を口にしている。
人参のグラッセなんてどうせ響きがかっこいいから言ってみただけで、絶対に作れないだろと思ったが、今はそこに突っ込んでいる場合ではない。
「無理しなくていいからな。これから卵買って帰るんだろ?寄り道なんかしたら、帰りが遅くなって歩きは辛いぞ」
「いや、どっちにしても帰りはタクシー使う予定だったから」
「“タクシー”ですか!それなら、何も問題はありませんね」
わざとらしい“タクシー”の強調と、向けられた険しい視線に、彼は先ほどの怒気を孕んだ囁きが気のせいではないことを知った。