秋の月は日々戯れに
このままでは面倒くさいことになりそうな気がして、何とか同僚を家に連れて行かない方向で話を進めようと頭を働かせるが、こんな時に限って上手い言葉が思いつかない。
「じゃあ……お邪魔しようかな。せっかくのお誘いだし」
「はい!ぜひぜひ」
「いや、それは……!」
続けようとした言葉は、こちらを見つめる二つの視線に負けてグッと飲み込む。
代わりに力なく項垂れたのを了承の頷きと取ったのか、彼女は嬉しそうにまた歩みを再開した。
立ち止まったままの彼の隣に、同僚が並ぶ。
「なんだ、やっぱり奥さんいるんじゃない。しかも、中々綺麗で優しい人」
「いや、だからあれは」
囁かれたセリフに反論しようと口を開くと、途中で同僚が脇をすり抜けて彼女の隣へと小走りに並んだ。
「奥さん、お名前なんて言うんですか?」
親しげに語りかける声に、彼女はにっこり笑って空を指差す。
同僚がその指し示す先を追いかけて目線を上げると、彼もまた釣られるようにしてつい顔を上げた。
「秋の月と書いて、秋月です」
彼女の指差す先、まだ暗くなりきっていない空に、薄ぼんやりと月が浮かんでいた。