秋の月は日々戯れに
「結婚、ですか……」
困るのも当然、何しろ夫婦だなんて彼女が勝手に言っているだけで、実際に二人は結婚しているわけではない。
彼女は一体なんと答えるのか、彼は興味ない振りでコーヒーを飲みながら、それでも一応耳を澄ませていると、不意にどこからか微かなメロディーが聞こえてきた。
なんだか聞き覚えのあるような気がする音に彼が視線を動かすと、同僚がハッとしたように鞄に手を突っ込んで中をあさっていた。
その光景に、聞き覚えの正体を思い出す。
「ごめん!あっきー。話の続きはまたあとで」
片手で拝むようなポーズを取りながら、スマートフォンを掴んだ同僚が足早に部屋を出て行く。
パタパタと廊下を駆け、慌ただしく靴を履き、続いて玄関のドアが閉まる音が響くと、途端に部屋の中が静まり返った。
「結婚って、どんな感じですか?」
シーンとした部屋に、唐突に響く彼女の声。
同僚が出て行った方向を見たままの問いに、彼はため息混じりに答える。
「……俺に聞かないでください。結婚なんてしたことないんですから」