秋の月は日々戯れに


「……ごめん、あたし帰るね」


「急に、用事思い出したの」などと取ってつけたような理由を早口に言い放って、同僚は足早に部屋を横切って鞄を引っつかむと、再び玄関にとってかえす。


「あっ、おい!」


止める間もなく部屋を出て行った同僚に、彼が慌ててカップをテーブルに置いてあとを追うと、すかさず彼女もそれに続いた。


「そんなに急ぎの用事なのか?もう外だいぶ暗いからタクシー呼ぶ。だから少し待てって」

「いいよ。電車まだ動いてるし、駅まで走っていくから平気」

「その靴でか?」


彼が指差した靴はおしゃれさを重視した形状で、さほど高さはないがほっそりとした華奢なヒールがついている為、明らかに走るのには向いていない。

同僚もそれは分かっていたから、彼の指摘にバツが悪そうに俯いた。


「だって、そんな毎回タクシー使ってたら、あたしの給料なんてすぐなくなっちゃう。贅沢はたまにするからいいんだよ」

「タクシー使って安全に家に辿り着くことを贅沢とか言うな。この間焼き鳥奢ってもらったお礼に、俺が払う。だから少し待て」
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