秋の月は日々戯れに
「やましいことなんてありませんし、あなたは妻じゃないでしょ。ただの、とり憑いた幽霊です」
視線を逸らしたままで呟いたら「素直じゃないですね」と返す声が聞こえた。
「それと、いい加減離してください。体温が全部持って行かれて、そのうち心臓も止まりそうです。これが俗に言う、生気を吸い取られるってやつですか」
幸せそうな笑顔から一転「旦那様にそんなことはしません!」とまたも彼女の頬が膨れる。
「それに、手が冷たいのは心が温かい証拠だと言います。わたしの場合、外側が全部冷たい代わりに、内側はまるで太陽のように温かいんです!」
「感じてください、わたしの温かさを!」などと訳の分からないことをぬかす彼女がようやく手を離すと、背中を這い上がって来るような寒気が治まって、思わずフッと肩から力が抜ける。
それを見咎めた彼女の眉間に、キュッと皺が寄った。
「何ですか、そのあからさまにホッとする感じは。やっぱりやましい事がありますね!さては、浮気ですか」
この面倒くさい幽霊をどうやってかわそうか考えていると、やかんがカタカタピーピー鳴ってその存在を主張し始めたので、これ幸いとばかりに彼女に背を向けてやかんに向き直る。