One Night Lover
せめて広告のデザインに携わりたいと
微かな希望を胸に宣伝部に異動して来た華乃は
結局デザインとは全く関係のない仕事をすることになった。

広告やcmの製作などクリエイティブな仕事は広告代理店に発注するのである。

華乃の部署はその為の予算を決めたり、
代理店を決めるオリエンテーションの準備、
広告の発注やキャンペーンの企画、
商品のマーケティングなどが主な仕事だった。

華乃が任されたのはウェブ上のアンケートからキャンペーンの反応や商品に対する意見をまとめたり
新商品の情報を集めたりするいわゆるマーケティングという仕事だった。

慣れない仕事で集計するのにかなり時間がかかり
新入社員の頃を思い出した。

今やここでは華乃が一番下っ端で
また一から出直しだった。

正直マーケティングの仕事に
デザインの仕事をしていた頃のような情熱が湧かなかった。

その中途半端な気持ちでミスを連発し、
怒られてばかりで華乃はすっかり自信をなくしていた。

そんな時、宣伝部の部長が大きな事故に遭うというとても大きな事件があった。

復帰するまでにはかなりの時間を要するため、
部長はとりあえず1年間、休職することになった。

突然のことでしばらく宣伝部は部長不在で
上の方は色々大変だったのだが
下っ端の華乃にはさほど影響はなかった。

ただ昨日まで元気でみんなを叱りつけたり、
元気付けたりしてくれていた部長の存在がなくなると
少しの間世話になった華乃でもやはり悲しい気持ちになった。

その間、仕事復帰が当分見込めない部長の代行を次長がしていたが
いつまでも部長の椅子を不在にしておくわけには行かず近々新しい部長の就任があるとの事だった。

次長が次期宣伝部の部長になるんだろうと
誰もが思っていたが
予想は外れ、新しい部長は他の会社から引き抜いたかなり優秀な人材が来るとの事だった。

そしてその日はやってきた。

新しい部長は前任の部長より20歳も若くて
まだ30代前半のかなりのやり手だという噂が飛び交っている。

自分より若い男が部長になるのかと
部長の座を逃した次長が更に肩を落としていたのを部のみんなで慰めた。

こうして華乃が異動になってたった3ヶ月後にその朝はやってきた。

「えー、今日から宣伝部の部長に就任した藤ヶ瀬さんだ。」

顔を上げてその男を見た時、華乃は心臓が止まるかと思った。

華乃はその男に見覚えがある。

その男のこそ、あの夜華乃を抱いた初めての男だった。




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