One Night Lover

華乃は藤ヶ瀬に逢いたくなくて
9時になっても部屋には戻れなかった。

だから渉の住む街へ行く電車に乗った。

その街を降りて１５分ほど歩くと渉の住むアパートがある。

けれど華乃は渉の部屋には行かず、
ただその街を見て回った。

渉が居なければきっと降りる事もない何もない小さな街だ。

別に会うつもりは無かった。

ただ渉がどんな暮らしをしているかはずっと気になっていた。

遠くからでも偶然、元気な渉を見られたらいいかなと思う気持ちでこの駅を降りた。

駅の近くの商店街を何となく見ていると
突然肩を叩かれた。

「華乃？」

振り向くとそこに渉が居た。

渉は前よりもっと痩せていて、
顔色があまり良くなかった。

「先輩…具合どうですか？」

渉は華乃を見て一言だけ言った。

「逢いたかった。」

華乃は渉が思ったより歓迎してくれたので安心した。

「私も逢いたかった。」

渉は華乃の細い指に自分の指を絡めた。

渉の熱が華乃の身体にあの記憶を蘇らせる。

それは甘くて、そして痛くて切なかった。

渉はもうあんな風に自分を抱いたり出来ないだろうと思うと寂しいような安心したような複雑な気持ちになった。