One Night Lover
少し経って華乃は目を覚ました。

「あ、ごめん、寝ちゃった。」

何度も寝た関係だから渉の前の華乃は無防備だった。

もちろん今の渉が華乃に簡単に触れたり出来ないことを知っている。

「あの人から電話があった。

家族みたいな関係だから華乃はここに泊まらせるって言ったけど…マズかった?」

華乃は少し驚いたがそれでいいと思った。

「うん、ありがとう。」

渉とのことを藤ヶ瀬に疑われてももう関係ないと華乃は思っている。

「もうあの人も帰ったと思うから送ってくよ。」

華乃は渉の部屋に泊まるつもりだったが
渉の方は華乃と一晩一緒に過ごす自信がない。

「先輩、泊まったらダメかな?」

渉はすごく困っているが
華乃はあの部屋に一人でいたくなかった。

「…俺はあの時、華乃にあんな酷いことしたのに怖くないの?」

「怖かったら逢いに来ないよ。」

そう言って華乃は渉に微笑んだ。

渉はその笑顔にホッとする。

あの時から華乃の身体を傷つけたことが何度も悪夢となって現れて、そんな自分をずっと恐れていたからだ。

「ありがとう。逢いに来てくれて…」

それは本心から出た渉の言葉だった。

結局、その夜華乃は部屋に泊まったが
もちろん渉は華乃に触れなかった。

次の日は土曜日で会社に行かなくてもいいので
華乃は渉を近所の動物園に誘った。

渉は華乃と一緒に居ると気持ちが落ち着いて
嫌なことを忘れられた。

「華乃…」

このまま華乃と一緒に暮らしたかったが
渉はその言葉を飲み込んだ。

まだ渉の心は不安定でいつ華乃をあの時のように傷つけるかと自信がなかった。

「先輩、また逢いに来てもいい?」

渉はそんな華乃を抱きしめたかったが
その気持ちを胸に無理やり押し込めた。

「ごめん…華乃を傷つけたくない。

だから…俺が行くまで華乃は来ないで。」

華乃の顔が曇って渉は胸を痛めた。

でも華乃はすぐに笑顔を見せた。

「そっか。

ごめん。無理言って。」

渉は堪らずに華乃を抱きしめた。

「華乃…辛い時は電話して。」

「うん。」

華乃はそう言って笑ったけど…きっと電話して来ないと思った。

渉はそれが自分のためだとわかっていた。

「華乃…絶対逢いにいくから。」

華乃は頷いて、そして涙を見せた。

渉は今はただ華乃の涙を拭うことしか出来くて
そんな自分を情けなく思った。










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