One Night Lover
「何飲む?」

藤ヶ瀬の低い声が華乃の耳をくすぐる様に通り抜ける。

華乃は藤ヶ瀬の目を見ると何も言えなくなりそうで、メニューを見ることで気持ちを落ち着かせる。

「ビールでいい?」

「あ、はい。」

ビールを頼むとしばらく沈黙が続いて
藤ヶ瀬は華乃をただ見つめている。

華乃は藤ヶ瀬から目を逸らし、メニューを何度もめくっては考えるふりをしていた。

「会社、辞めるのは少し待て。」

藤ヶ瀬が一言そう言うとビールが運ばれて
話はそこで一旦とまる。

「本当に雨来梨沙の下で勉強したいなら止めないが…杉崎と一緒に働くというのも問題あるだろうしな。

でも、ウチのデザイン課も優秀だろ?

葛城陽介も紺野美鈴もこの業界じゃ雨来梨沙より有名だぞ。

雨来梨沙はティーン向けの雑貨が中心だからウチの2人とは全く毛色が違うがな。

池田もああいう風になりたいと思ってるなら、止めないが…

雨来梨沙はどこから紹介された?」

華乃は何となく健からだと言いづらかったが、嘘をつく理由もないので正直に答えた。

「…杉崎さんからです。」

「杉崎健?元婚約者の?

へえ。さすが杉崎だな。

業界にも顔が広いんだな。」

その言葉に何となく棘があって、
華乃は少し嫌な気持ちになる。

健と華乃では同期であっても最初から大きな差があった。

健は大きな賞を獲った経歴もあり、卒業した大学は何人もの有名なデザイナーがいる一流大学だ。

「高校生の頃…先輩に紹介されたって言ってましたよ。」

「杉崎は高校生の頃から賞獲ったりしてたらしいな。」

華乃はまた健と比較されてる様な気がして
自分の不甲斐なさを感じた。






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