One Night Lover
朝から健の不機嫌そうな顔を見て、
満員電車に揺られていると
会社に行くのが憂鬱になる。

藤ヶ瀬に振られそうで逢うのも怖いし
健の隣に居ても話す言葉も見つからない。

男と問題が出来る度に会社の居場所はどんどん狭くなる気がした。

もう四年近くも働いて華乃が築いたものは
男との気まずい関係だけだ。

そんなことを思っていたら健が隣から小声で話しかけてきた。

「お前、いつデザイン室に戻るんだよ?」

華乃は返事をしなかった。

しなかったと言うより出来なかったのだ。

「結局、お前は藤ヶ瀬に遊ばれて捨てられるよ。

アイツはそういう男だと俺は思うけど…。

このままじゃ華乃が心配だよ。」

今の華乃にその言葉はあまりにキツかった。

華乃は次の停車駅で目の前にある電車のドアが開いた瞬間、
健に何も言わずにいきなり飛び降りた。

「え?華乃っ!会社は?」

閉まるドアから健が唖然としてる顔が見えた。

そして華乃は会社に電話をかけた。

「すいません。
電車の中で具合悪くなってしまって…
今日は休ませてください。」

華乃が休んで困る人などいない。

ちょっとみんなの雑用が増えるだけだ。

健から電話がかかって来たが
華乃は拒否するボタンを押した。

そのまま家には帰らず
気がつくと渉の住む街に向かう電車に乗っていた。

そして迷いもせず渉の住むアパートの前まで来た。

渉の部屋の前で何度も逢うのを躊躇った。

このドアが開いたら、きっと藤ヶ瀬を裏切ってしまう。

それでもここしか今の華乃に行く場所がない。

ベルを押すと渉はまだ寝ているのか
出て来るまでに時間がかかった。

「先輩、寝てます?」

ドアを叩いて渉に呼びかけた。

「華乃?」

渉はその声に驚いて上半身裸のまま、
急いでドアを開けた。

そして落ち込んでやってきた華乃を見て
何も言わずに部屋にあげた。



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