イケメンエリート、愛に跪く
舟の祖父母の家は、駅から200m程坂を上った先にある。
子供の頃、舟は車の運転をしない祖父に連れられて、この駅から色々な場所へ出かけた。
今、舟はその坂を愛と一緒に歩いている。
あの頃はとても長く感じたこの緩やかな坂を、今の舟はあっという間に上りきる。
駅から家へかけての景色は、昔と比べて大分変わっていた。
道路の脇は木々が鬱蒼と茂っていたのを覚えていたが、今は歩道が作られ明るい印象になっている。
舟は隣を歩く愛を見つめながら、時の流れを噛みしめた。
あの頃の僕達はまだ小さな子供で、この坂道は子供達だけで下ってはダメと教えられていた。
でも、今の大人になった僕達は、この坂の下の世界を知り過ぎてしまったようだ。
隣を歩く愛の存在がなければ、僕は一生この景色を見る事はなかっただろう。
「舟君、ほら見えてきたよ。
あの交差点の角、レンガ造りの門もそのまんまでしょ?」
舟は胸の鼓動が高鳴る。
門のまえに立った時、間違いなく舟が過ごしたあの家のままだった。
白い壁にえんじ色の三角屋根。
建物自体は大きくないが二階建てのその家は、舟にとって幸せの象徴だった。
舟はこみ上げるものを飲み込みながら、家の周りを歩いてみる。
祖母が大切に手入れをしていた庭の感じは変わったけれど、でも、舟の心は大満足だった。
「一枚だけ画像を撮ってもいいかな…
おじいちゃん達に見せてあげたいんだ」
舟はそう言うと、遠く離れた場所からその家の画像を撮った。
その画像を収めたタブレット端末を、ハワイの祖父母の前で開く事を楽しみに思いながら。