柚子の香りは手作りの
「誕生日、おめでとう」
病気乗り越えたら、決めてたんだ、と。
ポケットを探る彼が小さな箱を取り出してくる。うそだ、と零れ落ちた小さい声は彼に否定された。
「俺と、結婚してくれませんか」
言われた言葉を素直に受け取っていいのか、分からなくて。でも差し出された指輪は、ちゃんと目の前にあって。
私は夢でも見ているのだろうか。彼と会いたすぎて、もしかしたら彼と会ったところから夢を見ているのではないか。
ぎゅっと自分の頬を抓ると、しっかり痛覚は機能している。いたい、と呟いた私の頬を彼がそっと撫でてくれる、その度に柚子の香りが広がって、彼を身近に感じる。
柚哉の柚子だから、柚子の香りにする。そう言って決めた、自分で作った練り香水の香りが、自分たちを包むように広がっている。
その瞬間、唐突に現実だと理解して、急に溢れてきた涙を堪えることはもうしなかった。こくこくと何度も頷いて、指輪を受け取る前に彼に飛びつく。私を支えるだけの筋力がないのか、やっぱり私に押し倒されるように地面に再度倒れ込んだ彼の胸に顔を埋めると、ぽんぽん、と宥めるように頭を叩かれて顔を上げた。
「ねえ、今度俺にもさ、練り香水、作ってよ」
「……だって、柚哉、持ってるじゃん」
「これは咲和が置いてったやつだから。ちゃんと、俺用のやつが欲しいな」
「……私と一緒でいい?」
「咲和と一緒がいい」
ぐい、と今度は私が彼を引っ張って起こす。そのまま二人して立ち上がって、再び差し出された指輪を素直に受け取る。イルミネーションの光を浴びてきらきらと乱反射する指輪に目を細めると、私はぐうっと背伸びをして、そっと彼に口付けた。
「柚哉、ありがとう」
今日が来ることが不安だった。来なかったらどうしようと、ずっと考えていた。それでも彼はちゃんと来てくれた。それも、私の探していた、思わぬ香りを纏って。
その細い指に自分の指をそっと絡めながら、もう離れることが無いようにと強く願う。すうっと息を吸い込めば、柚子の香りがささやかに香っている。返すよ、と言って差し出された練り香水を押し返ながら、私はそっと空に視線を向けると、月が綺麗ですね、と小さく言葉を零した。