あづ
やや暗めの店内には軽快なジャズが流れていて、たくさんの瓶が並んだカウンターの中には蝶ネクタイのバーテンがいた。雑誌に載ってそうな、いかにも、なバーだった。


大石くんは、おおー。へぇ……っと店内を見渡して、

「あづ、こんなとこ知ってるなんて、都会の人みたいじゃないか」

「都会の人だもの」


なかなか楽しそうなやりとりを見ていると、2人が普通のカップルに見えてきて、間違ってもそんなことはないのに、もしかして、わたしがおじゃまなのか、と不安になる。


「真理ちゃん、結婚してから外あんまり出てないんじゃないの?」

「そうだねー、こういうの久しぶりかも」


あづ がさりげなくカウンター右端に座り、わたしを隣に座らせた。フッと笑いそうになる。大石くんは、う゛っとわずかに首をかしげたが、何事もなかったかのようにはりついたまんまの笑顔でわたしの左に掛けた。


「あたし、キール・ロワイヤル。真理ちゃんは」

「うーん、わたしあんまりよく知らないからなぁ。じゃ、知ってるのでシャンディガフ」


ビールベースの弱いカクテルは、あっさりしていて飲みやすい。ビールは苦手だけれど、ジンジャーエールで割られたこれは、ほんのり甘くておいしい。


「大石くんは、ウイスキーでもいっとく?」

「いや、まだ軽めに。カクテル飲もうかな」

「じゃ、あたし決めたげる」


彼女がカウンターに乗り出し、上目遣いに言うと、


「あ、うん。任せるよ」


と大石くんが嬉しいのを隠しきれずに言った。

「マスター、ニコラシカね」


話を聞いていた穏やかな表情のバーテンダーは、一瞬間をおいてから、フッと笑い、背中を向けた。何事かと あづ を見ると、にこにこと笑っている。大石くんは、舞い上がってまたキョロキョロしていた。


「あーここ来るの久しぶりだから、シェーカー使うのにすればよかったな。派手なの見たかった」

「へぇ、3つとも使わないんだ?」

「うん。マスターを見ててごらん。で、あたしは、ちょっと失礼。お手洗いに」



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