男女七人夢物語
今日は何とかなる。
でも、明日の保障はどこにもない。
明日が来なければいい。その想いがいつにも増して強くなる。
どんなに早く走っても、誰より早くバス停に着いても、バスが来なければ意味のないように、私は意味のない逃避を繰り返す。
「待って___」
ほら、意味なかった。
誰かが、何かが、私を追いかけてくる。
罪悪感、不安、恐怖。色々な感情を連れてくる。
でも、どうしようもない私は、その感情を糧に生きてる。その感情を書くことで息をしている。
繰り返す逃避。
苦の甘美なるスパイラル。
一度嵌まったら出口は見つからない。ただただ逃げるしかない。その奥に。
「木下っ」
ただ今はペンも逃げ場もない。私にできるのは、今振り返って声をかけてきた人物が誰なのかを確認することだけ___。
「良かった。さっきはうちのクラスのやつが悪かったな」
追いかけてきたのはまだ運の良いことに伊藤一葉だった。
相当全力で走ったのか、額には汗が滲んでいる。そんな彼女の一つに束ねられた長い黒髪が揺れた。
なんだか、私にはその全部が眩しくて思わず目をそらした。
「えっと、なんのこと?」
分かりきったすっとぼけに、伊藤一葉はただ頷いた。
「うん。気にしないでくれ。それで___」
何か言おうとした伊藤一葉は押し黙った。
私が言えることではないが、伊藤一葉ももともと口数が多いわけではない。
だが、よく知らない相手に黙られてしまうと、こちらは悪くないとは思うけど気まずい。
どうしたんだろう?
伊藤一葉らしくない振る舞いだ。彼女は一体何がしたいんだろう。
少し遠くでバスが来るのが目の端に映った。