男女七人夢物語
「あの、なにかな」
やっと、私の口から出たその言葉に、伊藤一葉は歯切れの悪い返事が返る。
「その、なんだ。今日はこれから何をしてるんだ?」
「今日は真っ直ぐ帰るよ」
「忙しいのか?」
「うん、まあね」
執筆で忙しいなんて死んでも言わないけど。
「じゃあ、忙しくない日は?」
「え?」
「木下、私の家に遊びに来ないか」
今度は私が押し黙った。
“この日暇?遊びに行かない?”幾度かあったその誘いを断り続けた私。
だって、面倒だし、執筆してた方が有意義だし。なんて、そんな考え方しかできなかった。
今回だって___
「私、いつも」
忙しいから。
そう言おうとして言葉がつっかえた。
「近いうち、木下の都合のいい時でいい」
ただのクラスメイトを遊びに誘うには、あまりに真剣な目をしている気がしたから。
でもなんで?
「バス、乗らないのか?」
伊藤一葉にそう言われ、私は後ろを返り見る。バスが目の前に止まっていて驚く。
全く気づかなかった。
「おい」
唖然としていると、後ろから声がかかった。肩がびくりと跳ねたのは自分でも分かった。
「のっ乗る。じゃあ!」
私は慌ててポケットに手を入れ定期を取り出し、逃げるようにしてバスに飛び乗った。