男女七人夢物語
「……なんでもいいけど、それ寄越しなよ」
無意識にぶっきらぼうになってしまった私の台詞に、井上奏太は全く気にした風もなく、首を横に振る。
「いや、僕が持ってたいんだ」
そこにはある種の意地のようなものがあって、私は少し驚いた。
井上奏太は腕を失ってから脱け殻状態だと言っていたのは誰だったか。
私の目の前にいるその人は、クラスの誰にも負けないような確固たる眼差しをしている。
なんだか、自分がものすごく情けない人間に思えてきて、
「図書の先生か当番の人はいないのか?」
そう無理矢理話題を変えた。
「うん、多分今日も来ないかな」
「今日も?」
ではなぜ図書室が開いているのか。
「いや、先生はいるんだ。今は職員室にいるけどね」
「あっそうなの」
何かの間違いとかではなくて、ほっと一息つくと、なぜか井上奏太はいきなりこちらに頭を下げた。
「なっなに?」
「………木下さん」
「えっ?」
「木下さんの脚本が読みたい」
頭を下げたままそう言った井上奏太の片手は震えていた。
「えっと、それは………」
「木下さんにお願い自分ですればいい。分かってる。けど___それだけじゃ、駄目なんだ」
「どうして?」
「木下さんの脚本で学校祭の発表やらなきゃ駄目だから」
全くもってよく分からないが、彼はきっと木下雪乃のファンか何かなのかもしれない。
そして唐突に思い立った。
「………もしかして」
井上奏太はあれから毎日この図書室で来ない木下雪乃を待っていたのか。