男女七人夢物語
「でも、惨めってそんなに悪いことじゃない」
静かになった俺を慰めるように、井上は俺の頭に手をのせた。
「え?」
「いつも誰かと一緒にしゃべらなくちゃいけない。笑ってなきゃいけない。そんな縛りはないからね。惨めな人間は自分のために生きられるよ」
「なんだよ、それ」
「自分のために生きるのが心地よくなった時、初めてここで息が吸えた」
「………」
「僕は惨めな奴かも知れないけど、不幸だとは思わない」
だからそんな顔するなよと頭をたたいてくる。
それは俺が武に言いたかった言葉だった。
「何があったか知らないけど、ここが息苦しいくらいなら、自分の居場所に戻んなよ」
「それは………」
「京也!」
ガチャッと図書室のドアが開く音がして、武が俺を呼んだ。
「なんで…」
「靴箱にお前の外靴あったからな。帰ってないことはすぐ分かった」
「………」
それは考えていなかった。しかし、この短時間で図書室にたどり着くなんて、良い勘をしている。
「ほら、行くぞ」
武がズカズカこっちに来て、俺の腕を引っ張る。
俺は井上をチラリと見た。
井上は無言だったが、その瞳が言ってこいと言っているようだった。
井上には才能があるが、腕がない。
俺は才能はないが、腕がある。
誰かに教えてほしい。どちらの方が惨めで不幸なのか。
「…邪魔して悪かった」
俺は絞り出すように井上に言うと、井上は動く片手をヒラヒラと振って見せた。
「もう来ないで」
それは拒絶というより、そうなることを祈った言葉であったように思うのは、俺の自惚れだろうか。
とにかく俺はそれ以上待ってはくれなかった武に引きずられ、自分の居場所とやらに戻されたのだった。